吐息
つぶやき。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告
マイナスイオンとはなにか、という質問。
そんなわけで、会社の人にふと聞かれたこと。



「マイナスイオンって本当に体にいいの?」



マイナスイオン発生機能つきの、加湿器?を買おうとしてたらしい。



しかたがないので、



「”マイナスイオン”という定義自体不明なんですよね。

 一体何をさすんでしょうね。マイナスイオンって。云々」



「ただ、何も書いていないより、マイナスイオンが出ますって

 書いてあったほうが売れるから、でしょう」



と答えておきました。

まあ。。ね。常識ですよねw



彼らはその場でマイナスイオンをググッてましたが。

wikiとかに書き込む人は皮肉屋さんなので、

私の言い分以上に否定されてましたw

流行語とかっww



ああ。(疑似)科学に夢を見ている人の夢を、

またひとつつみとったかんじ。



(以前も、電磁波吸収シールについて、について、で…(以下略))



でも、だれも、そのwikiの情報を、

あえて訂正しようとしないところがなあ。

単なる流行語。宣伝用語って感じ。

ついてたほうが気分がいい。いいもの買った気がするってね。

消費は気分でするものですから。
スポンサーサイト
【2008/01/31 23:44】 | 雑記 | トラックバック(0) | コメント(0)
生物と無生物。
今、「生物と無生物のあいだ」という本を読んでいます。

友達におすすめされた・・・ものだったようなきがする。



生物はそれ以外と何が違うのか。

何を持ってそれが生きていると思うのか。



子孫を残すのが生き物だというのなら、

ウィルスもまた生き物となってしまう。



生きていると思えるのか。

煎じ詰めればとても難しい問題です。



とりあえず、心に残る、シュレディンガーさんのひとこと。

「原子はどうしてかくも小さいのか?」

生き物はどうしてこんなに大きい必要があるのか?

の、隠喩?だそうで。。



小さい方が消費エネルギーも小さいし、

構成もシンプルですむのに、

ヒトはこんなに複雑怪奇にできている。



それは、確率をあげるため。

形を保たせるため。

確定させるため。

生という動的平衡状態を保つため。



きっと、原子がもっと大きければ、

ヒトはもっともっと大きくなければならなかったんだろう。



拡散、平衡。



物理学と化学の言葉で、生き物と無生物の違いを

あらわすことができるのでしょうか。



個人的に生物と無生物の違いは、

新陳代謝かなと思います。

つまり、やっぱり、動的平衡。



カテゴライズに意味があるのか?

これは、当面の私の疑問。
【2008/01/27 21:30】 | 雑記 | トラックバック(1) | コメント(0)
将来の夢
こんな私にも将来の目標はふたつ。



ひとつは、高給とりの役立たずになること。



そんな都合のいい話があるか!

役立たずが高給とりになれるはずがない!

と笑われるけれど。



イメージしているのは、

「優秀な部下がたくさんいて私は幸せだ」

といいながら、まったりとお茶をすするかんじ(笑)

そして、もちろん、いざというときにこそ役に立つ、のが理想。



いやはや、大きな野望です。





もうひとつは、自分の死後、3年くらいはお墓参りに来てくれる人がいるような人になりたい。


……。

昔は、もっと長く墓参りに来る子孫がほしいなあと思っていたけど、

最近は3年も惜しまれれば十分だと分際をわきまえるようになりました(?)





せいぜい、こんなものですね。



ちなみに、ひとつめの夢の抜け道は、どの程度の稼ぎがあれば「高給とり」なのかというところを定義していないところです。ふたつめの夢の抜け道は、自分は死んでいるので、確認できないというところです。



がんばろう☆
【2008/01/22 23:43】 | 雑記 | トラックバック(0) | コメント(0)
読書は勉強ではない、場合もある。
本ばっかり読んでないで、外に出てもっとチャレンジしてみよう!

実際経験してみたら、新しい発見があるはず!

体験からは、予想もしない経験が得られるんだ!

頭でっかちはだめだ!

もっと世の中を積極的に楽しもうよ!

何かやりたいことはないの!?



なーんて、文言は、ちょっと苦手です。



確かにその言葉にも一理ある。

実際、自分でやってみなければ、分からないところもある。



例えば、剣道がどんなにかっこよく見えても、

竹刀を振って、手のどこに豆ができて、つぶれて、痛くて、やる気がなくなるのか。

高い、重い、臭い、防具。どれくらい痛いのか、どれくらい重いのか、どんなに臭いのか。

正々堂々に見えて、駆け引きの世界。ほんの一歩の間、袖をからめて、手首を狙って…。

それは実際やってみなければ、分からないのだろうな、ってことは分かるけれど。

同時に分かることは、私なんぞが剣道をやっても、剣道になるまでに疲れそうだなとか(苦笑)



確かに、経験を軽視してはいけない。

竹刀と木刀と刀の重さの違いは、結局のところ手に取ってみるのが一番分かりやすいだろう。

どれくらい、を感じることは、重要なのだ。。特に表現を磨きたければ。

だから、経験は大切だとは思う。



ただ、もう体育の授業をうけなくていい大人になったのに、

好き好んでやりたくない。っていうだけだ。



そうして、だから、やりたいこと、といって、

結局、読書か、食べること以外に、好むことがないのだからしかたがない。



経験を積極的にできない私が、経験は大事だと知っているゆえにとる方策は、人から誘われて、自分がもともと大して興味をもっていたことでなくても、嫌いなことでなければ、できるだけ参加しようとする、程度のささやかなことである。



自分が自分から何かをやりたい、と思うことが少ないことを自覚しているから。

だから、やりたいことのある人と一緒にやってみて、経験してみる。

その人にとって楽しいこと。どう楽しんでいるのか。真似してみる。

その程度だから、多分、楽しそうには見えないのかもしれない。

でも、それが、私にとっての経験なんだろうと思う。

だから、誘ってください?ってことか?(笑)ということはとりあえずおくとして。



なぜ、興味を持たないのか?

情報を収集すればいいじゃないか。

いろいろやってみれば、興味を持てるものがあるかもよ?

といわれても、じゃあ、やったこともないことってなんだろうとふと思う。



英会話にしろ、音楽にしろ、手芸に、ダンス、スポーツ、絵でも、なんでも。

小学校から今までで、十分に手広く経験してきているじゃないか、と。



まあ、スケートとスノボはやったことがないけれど、特にやりたくないから・・・

耕運機を使ったことがないけど、これもそれほど必要にかられないし。。

うーん。。



さて、そんなわけで、読書なんて、と言われることに反感を覚えてしまうのであります。



読書も一つの経験である。

本で読むのと実際やるのとでは、全然違うということはもちろん分かっている。



それは主体の違いであると考える。

私がこの年になって、初めて竹刀を振ってみる、そんな自分の思う剣道と、

中学になって剣道やってみるかーと思うその時では、全然違う経験になる。



しかし、だからこそ、読書は、まあ、本によるのだけれども、本によっては、自分以外の人の経験を、自分が経験できない経験を可能にすることができる。そういうのが面白いと思う。



文字表現が唯一、視覚や聴覚への表現に勝りうるところは、外からそれを見るのではなく、内からその経験を見ることができるというところだと考える。

自分の感性でみる世界とは違う世界を、みることができるというところ。



それはいくらでも尽きずにあって、人によるのだから人の数だけあって、

その上、ファンタジーのような非現実もあるわけで、

その世界を私は多分、愛好しているんだろうなと思う。



読書には、もう一つの用途があって、

「知識を得るための行動」とすりこまれている人が多くて

もちろんそれも別にいいんじゃないかとは思うけれど。



それだけじゃないんだ!!

読書は!!



なんて叫びたくなる日。



つーか、ね。まあ、私が、「なんか楽しいことはないのか?」

とぶつぶつ言うのが悪いんだろうなと思ったので、

やめよう。と思った今年。



さしあたって、本とご飯があればいいんだけどな。
【2008/01/18 00:09】 | 雑記 | トラックバック(0) | コメント(0)
プロフィール

名無しは音無くつぶやきます。

to_min

Author:to_min
FC2ブログへようこそ!

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。